この夏、しばらく絵が描けなかった

この夏、しばらく絵が描けなかった。
描きたくなかったわけじゃない。描く気持ちはずっとあった。ただ、絵にたどりつけなかった。
仕事の割合が、増えすぎていた
会社でマーケティングの仕事をしながら、自分の作品でも少しずつ動いている。マーケの仕事は好きだ。数字を見て、仮説を立てて、試して、また直す。うまくいかない理由を考えるのも、わりと楽しい。
だから、絵が描けなかったのは「やりたくない仕事に追われて」ではない。この夏はただ、絵じゃないほうの割合を、自分で増やしすぎていた。仕組みを整えたり、資料を作ったり、返事を書いたり。どれも必要で、後回しにはできない。気づいたら、一日のほとんどがそっちで埋まっていた。
時間だけの問題じゃなかった
そのうち分かってきたのは、たとえ一時間ぽっかり空いても、その時間で絵が描けるとは限らない、ということ。
マーケのことを考えているときの頭と、絵を描くときの頭は、別のものだ。数字とか、どう伝わるかとか、そういうことでいっぱいのときは、創作の脳みそにならない。切り替えには少し時間がかかるのに、その切り替える前の時間ばかりが積み重なっていく。
絵が描けない日が続くと、じわじわモヤモヤしてくる。焦りというより、自分の輪郭がすこしずつ薄くなっていくような感覚に近い。絵を描いている時間が、私にとっては「自分に戻る時間」だったんだと、描けなくなって初めて気づいた。
完璧に時間ができるのを待つのをやめた
まとまった時間ができたら描こう——そう思っているうちは、たぶんずっと描けない。まとまった時間は、待っていても来ないから。
やったのは、時間を「作る」ことより、割合を戻すこと。仕事を詰めすぎない日を決めて、その日は頭がマーケに引っぱられる前に、先に絵の時間を置く。「今日は描く」と決めても、その直前まで仕事の頭だと、結局思うような絵は描けないから。
描いても、しばらくは「なんか違う」が続いた
そう決めて向かっても、すぐに元どおりとはいかなかった。
久しぶりにアクリル絵の具を出して描いてみたら、思うように描けない。線も色も、頭にあるものとどこかずれていて、「なんか違う」と何度も手が止まる。色を重ねても、やっぱり違う。仕上がっても、満足できない。
たぶん、頭がまだ半分、仕事のほうに残っていた。
それでも続けたのは、うまくいかない一枚でも描いておくと、次に机へ向かうとき、切り替えが少しだけ早くなるのが分かったから。
同じところで手が止まっている人へ
もし今、やることに追われて、好きなことの時間が取れていないとしたら。時間を作るだけじゃ足りないかもしれない。頭がそっちのモードのままだと、空いた時間があっても、たぶん手は動かない。
必要なのは時間だけじゃなくて、割合と、頭の切り替えなんだと思う。私もまだ、そのちょうどいいところは見つかっていない。
それでも、絵の前に座る回数を増やしていけたら。



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